一人は王に仕え、社会を鋭く見つめた宮廷画家。片や、無名のまま孤独に生き、死後に世界を揺るがした画家。ゴヤとゴッホ、時代も立場も違う二人の芸術家が、発した“言葉”からは何が見えてくるでしょうか?
フランシスコ・デ・ゴヤ
1746年3月30日 – 1828年4月16日
フィンセント・ファン・ゴッホ
1853年3月30日 – 1890年7月29日
ゴヤとゴッホ/6つの名言
ゴヤ
「理性の眠りは怪物を生む。」
ゴッホ
「私は心と魂を作品に注ぎ込み、その過程で正気を失った。」
ゴヤ
「世界は仮面舞踏会だ。顔も衣装も声も、すべてが偽り。誰もが自分でないものに見せかけたがり、世界中が自分自身を欺いている。そして、誰も自分を本当に理解していない。」
ゴッホ
「人の魂には燃えさかる暖炉があるかもしれない。けれど誰一人として、その前に座ろうとはしない。
通りすがりの者は、煙突から立ちのぼる煙を見るだけで、通り過ぎていく。」
ゴヤ
「私は大衆のために働いているのだから、彼らを楽しませ続けなければならない。」
ゴッホ
「私は世間の目には、取るに足らない人間、変人、不快な存在、社会的地位のない人間として映っている。」
ゴヤ
「絵を描くという行為は、一つの心が別の心に、自分が救いを見つけた場所を伝えることだ。」
ゴッホ
「芸術とは、人生に打ちのめされた人を慰めるためのものだ。」
ゴヤ
「私の筆が、私自身より物事をよく見ていてはならない。」
ゴッホ
「感情があまりに強いと、私は無意識に描き始める。筆の動きはまるで言葉のようだ。」
ゴヤ
「ここでの暮らしがどれだけ最高だったか、もし君を納得させられたら、君は少なくとも7回は私の尻にキスしたくなるだろうね。」
ゴッホ
「私には自然と芸術と詩がある。それでもまだ足りないというのなら、いったい何があれば足りるというのか?」