ジョージ・シルバーの名を聞いてイギリスの俳優、もしくはスコットランドの農業の革新者を思い浮かべる方もいるかもしれません。中世と呼ばれる時代から産業革命が始まる前までの間に武具も変革を迎えます。そのような時期に抗うように古風な武器で戦い続けた一人の英国騎士がいました。
英国紳士ジョージ・シルバー
16世紀後半から17世紀初頭にかけて生きた人物で、エドワード二世へ仕えたバーソロミュー・シルバーから11代目にあたる由緒ある騎士だったと言われています。1580年頃にロンドンにてメアリー・ヘイドンと結婚し、没年に関してはフェシングの歴史家であるアイルワードによると1622年という説が濃厚です。
ブロードソードでの戦闘の腕前は達人級であり、後に「Paradoxes of Defense」と「Brief Instructions on my Paradoxes of Defense」という剣術の書を書きました。ただし書の内容は戦いの哲学にも及び、当時流行りだしていたレイピアを実質否定する内容でもあったそうです。
剣術は教養の一つとして捉えれており幾つかの剣術の学校も存在し、軍隊でも必須の項目となっていました。ただ近代化の波が訪れて火薬や銃の台頭により、次第に剣術は存在は薄れていきました。
ブロードソードとは
ジョージ・シルバーが得意として得物であるブロードソードとはどのようなものなのか見ていきましょう。俗に言うだんびらと呼ばれたも得物で、レイピアのような細い剣とは対照的な幅の広い片手剣でした。重さは1キロ弱で、刃渡りは60センチ前後、刃の幅3センチから5センチくらいになります。
ブロードソードの特徴は、刀の柄を握る部分に拳をきちんと守るための大きな籠型のガードが付いている点です。片手にはブロードソード、もう一方の手には盾を持つ典型的な騎士のスタイルで戦いに挑みます。
フェンシングとの戦い
ジョージ・シルバーはフェンシングの教官ではありませんでしたが、フェンシング及びあらゆる武器の使用の仕方を理解していると語っていたそうです。ジョージ・シルバーは、新しい武器であるレイピアに関して技術的な面や倫理的な面から否定をし、伝統的な英国の武道を推しました。イタリア移民のフェンシングの使い手のロッコ・ボネッティとヴィンチェンティオ・サビオロに嫌悪感を示しており、彼らとの公開試合を試みたそうです。
ジョージ・シルバーと彼の兄弟の一人であるトビーはサビオロのフェシング学校の周りにチラシを配り対決を望みましたが、サビオロは現れることはありませんでした。「Paradoxes of Defense」にてレイピア自体と教育に関して異議を唱えました。ジョージ・シルバーはレイピアを危険な武器だと非難し、同時に短剣などの武器に関しても非難しています。
「Brief Instructions on my Paradoxes of Defense」では短いバックソード(ブロードソードの一種、もしくはブロードソードそのものとして表現される時もある)はレイピアよりも汎用性があり、さらに防御面でもよい働きをすると述べています。ジョージ・シルバーはレイピアで行われる純粋な決闘ではなく、街路での防衛や戦場などの非常に動的な場面でのシステムを剣術に推奨していました。
中世イギリスの戦闘の考え方
イギリスの剣術の在り方は、他のヨーロッパ諸国とは違い非常に防御面を重視しており考え方が独特です。またヴィンチェンティオ・サビオロの言によるとイギリス人は戦闘する時に頻繁に後退すると述べており、さらにそのような戦い方は恥ずべき行為だと非難しています。
ガーダント
剣の構えの一種で、剣を体の上部に掲げて切っ先を下に垂らすスタイルだそうです。イギリスのガーダントは非常に特殊であり、身体に沿わせるように剣を構え、その切っ先を左膝に向けます。そうすることで防御面は非常に高まりますが、反面こちらからは非常に攻撃をしにくいです。
ジョージ・シルバーの根幹にある考え
例え効果的な攻撃だったとしても、きちんとした防御を行う方が重要だと説いています。さらに攻撃をする際は絶対的にこちらが安全な場合に限り、常に腰を入れた強打のみを打ち、相手の戦闘力を削ぐ攻撃以外はしてはいけないと主張していたそうです。一撃必殺となり得ないような牽制的な攻撃を否定しています。
相手のウィークポイントを攻め、相手が攻撃できない位置から攻撃を仕掛け、地の理、天候、武器、時には脅しなどあらゆるものを駆使して生き残ると説いています。攻撃がもしも外れた場合は、連続で攻撃を仕掛けず即座に後退するなどジョージ・シルバーの考え方は非常に身を守ることを重視していたようです。
カウンターの否定
武術において非常に有効な手段であるカウンターというものがあります。しかしジョージシルバーはカウンターを仕掛けることを否定しており、唯一仕掛けて良い状況は後退しながらカウンターが可能な場合のみと主張していたそうです。
ジョージ・シルバーはカウンターの有効性を理解した上で、敢えて否定していたと言われています。読みが外れた場合は危険に晒される可能性があるため、ギャンブル性があると捉えられており、確実な安全が確保できない行動に関しては悪手と捉えていたようです。
ストッピング・パワー
ジョージ・シルバーは相手の頭部へ上段から切りかかることにこだわっていたそうです。銃の性能を表す言葉にストッピング・パワーがありますが、イギリスでは諸外国と違い大口径の銃で当たれば一発で相手を戦闘不能にするものを好みました。ジョージ・シルバーも同様に相手を戦闘不能にすることを重視したそうです。
レイピアの突きの場合は殺傷力は高いですが、即座に相手の戦闘力を奪いにくいです。しかしブロードソードなどの剣による攻撃では、殺傷力はレイピアに劣りますが、戦闘力を大きく削ぐことが出来る可能性が高いと言えます。まず相手を戦闘不能に陥れてから、改めて身の安全が確保出来たのであれば、じっくりと相手を始末、もしくは立ち去るのがイギリス流の戦闘の流れと言えるでしょう。
ジョージ・シルバーの防御面に重きを置く考え方が興味深い
確かにレイピアは戦争向きではない武器ではありますが、ジョージ・シルバーがレイピアを否定する時の切り口が防御面から主張する部分が興味深いです。実際に当時のイギリス全体の剣術の考え方は防御に重きを置いていたそうです。
また新しい剣術の潮流となったレイピアは後にオリンピックの種目になりメジャースポーツとして存在し、戦争の道具として使用されたブロードソードは現代のメジャーなスポーツシーンにはならなかったのは自然な流れと言えるでしょう。
ただし有名な甲冑バトルの競技であるナイト・ファイトなどを始め、様々なフィールドで現在もブロードソードを使用する競技は水面下では盛んです。このような形でブロードソードが今もなお生き続けているのを見てジョージ・シルバーは何を思うのでしょうか。